余命1ヶ月

ぱたくそ画像 引き寄せLife

昨日地元に住む、親友兼幼馴染から電話があった。
彼女とは3歳からの付き合いだ。
とは言っても20歳~30歳までの10年間音信不通の時期もあったんだけどね。

それでも、どこかで必ずまた繋がれるって信じてた結果、Facebookがきっかけでまたやりとり出来るようになったんだよね。
だから、私が自信を持って言えることは
本当にご縁ある関係ならば、いつかまた繋がれるってこと。

そんな彼女は高校卒業後からずっとナースをしてるんだけど、そんな彼女が昨日初めて私に仕事で落ち込んで電話してきたのだ。

画像:フリー素材・無料写真ぱくたそ

それはとある一人の患者さんを思ってのことでした。

現状で40歳の女性で3歳というまだ幼い子を持つ母親でもあるのだが、その患者さんは今末期がんで、肺にも転移していて余命1ヶ月なんだそう。

私たちと大して変わらない年齢で、幼子っていう状況だけでもいたたまれないのだが、親友が落ち込んでいたのにはさらに理由があって、残り1ヶ月の余命で患者さん本人も告知を希望しているにも関わらず、家族希望にて告知が出来ないことにあった。

特に患者さんのお母さん自身の告知拒否が強いらしくて…。

だけど、患者本人は自分の身体のことをある程度察知していて、残り少ない時間の過ごし方や死に方とか考えてるんだと。

それで、先日は子供のお遊戯会を見たいと希望してたのに、親御さんに止められたと。
医学的には来年のお遊戯会は見れないのに…。

ずっとナースをして、同じように告知されないまま亡くなっていった方たちを沢山見てきたからこそ、その酷さを知ってるからこそ、彼女は告知の許可を得て、残りの人生を最後まで彼女らしく全うしてほしいと思ってるにそれが出来ない狭間で、無力感を感じてしまったとのことだった。

こんな風に患者さんや華族の気持ちに寄り添って真剣に悩める彼女はを私は誇りに思うし、立派だと思う。

昨日は彼女が患者さんの旦那さんに告知の許可をとお願いしてみたらしくて、そしたら、今ここで自分の一存では決められないから、家族と相談して決めますって言われたって。

親友同様、私も自分に置き換えて考えずにはいられなかった。

無論私は告知してほしいというより、せめて告知出来ないなら希望を聞いて欲しい。
最後まで私らしく、自分の意志で生きていたいから。
突然死以外なら、自分の死に際の生き方を選べるのに、知らされず、やれることすらやらせてもらえずにこの人生終わらせるなんてまっぴらごめんだから。

ほかの誰でもない自分の人生。
親より先に死んでしまう現実を受け入れられない親御さんの気持ちは計り知れないけれど、それでも私が患者さんの立場でも、親御さんの立場でも余命1ヶ月。
ここまで来たなら、娘の希望を第一に考えて告知する。
告知しないにしても、可能な限りの願いは叶える。
お遊戯会にも私だったら付き添って連れていく。

それと同時に回復の見込みがない延命治療も私は望まない。
寝たきりで、話すことも、食べることも出来ずに点滴だけで生かされて、1秒でも長く生きていてほしいとかそんなのエゴでしかないと思うもん。

過去記事 死別との向き合い方
でも記したけど、死後の世界についての考え方は人それぞれだと思うけれど、遺族の悲しみもそうだけど、その人らしく生きられる、自分で選択できる権利を奪う権利なんて、親だろうとないと私は思います。

どうかその患者さんが、最後の時まで、彼女らしく生きられますように☆
1つでも多くの望が叶えられますように…。

☆ランキングに参加してます。応援crickして頂けると励みになります☆(1日1回有効)

にほんブログ村



コメント

タイトルとURLをコピーしました