引き寄せの法則を知り学び、実践することで日常に色んなhappyが!論より証拠で私自身の日々を不定期に更新していきます。

小野田寛郎 

time 2018/10/17

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10月15日は出勤だった私。
この日のテーマはまさに「縁」だったんだと思う。

不思議なことに、仕事中なんども「縁」というワードを耳にしたから。
そして、この日はirregularな日でもあった。
だからこそ、知ることが出来たのが【小野田 寛朗】さんのことだった。

普段は何かとやることがあったりして、必要最小限の会話しかできなかったAさんのナースコールがきっかけだった。

Aさんは某病院長の娘で、数か月前に骨折したことがきっかけで、入浴時以外はベッド上で過ごしている女性だったのだが、奇跡的にこの数日は、本人希望時にはトイレに行けるまでに回復された方だ。小野田寛朗さんと同じ大正11年生まれのおばあちゃんであるにも関わらずに、この回復力は奇跡的だ。

そのAさんからのナースコール対応で、トイレ誘導したとき、ちょうどシーツ交換の人がいたので、ついでにAさんのシーツ交換もやってもらうことに。
その間、Aさんには久々にダイニングで過ごしてもらうことにして、その時に何かのきっかけで【小野田寛朗】さんの話題になったんだよね。

でも残念ながら、その時は無学で私はその方を知らなかったので、昼休みに調べてみた。そこで初めて私は【小野田寛朗】さんのことを知った。
終戦を知らずに29年間もフィリピンの密林にて戦い続けたこととか、色々。
彼に関する本も複数出版されてること。

Aさんはその小野田氏と生前交流があった一人だったのです!
Aさん曰く、小野田氏はとても頑固な性分でもあり、病院に掛かるのも簡単ではなかったそうで、そんな小野田氏もAさんのお父さんには治療を任せれたようで、つまり、小野田氏にとって、Aさんのお父さんは命の恩人だったようです。

それでブラジルに行く前に、日本には二度と戻ることはないだろうから、根性の別れにAさんのお父さんに一目会いたいとなったようで、その時にAさんがお父さんを連れて、一緒に羽田空港まで行ったとのことだった。

話はそれだけではなく、その時小野田氏と一緒にいた男性がいたのだそうだが、Aさんはその時は気づかなかったらしいのだが、のちに、Aさんのいとこが医学校に行った際に出会ったのが、羽田空港で小野田氏と一緒にいた小野田氏の弟さんだたらしく、その後入籍したそうな。

昼休みのあと、時間作って、ネット上で公開されてた写真を見せたら、Aさんが喜んで懐かしそうにしてて、良かったと思った。

Aさんから聞いたお話は、それ以外にもあって、不思議に感じたのが、着物の話。

Aさんが処分に困っていた着物が沢山あって、貰って欲しい人がいたのだが、その人に断られて、捨てるなり、二束三文でも売るなりしようかと思っていた矢先に、欲しいと言ってくれる人が現れたんだそうな。

で、その方にすべて譲ったんですって。

そしたら、その後譲り受けた相手方から連絡がきて、頂いた着物を見たら、その方の思いれのある品が出てきて、感激したとのことだった。

巡り巡って、Aさんからその方の元へ来た着物。

その後、その方がその着物を着て、Aさんに会いに来てくれたとのことだった。

大正11年生まれ、御年96歳のAさんから、この日はすてきなお話を沢山聞かせてもらいました。

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